ファンタジースポーツな徒弟制

 先月からずっと、NBAバスケットボールのプレーオフをほぼ毎晩見ている。あっという間に終わってしまう日本プロ野球のパリーグのプレーオフと違って、NBAはチームも多くて、4月下旬に始まって、長々とトーナメント戦をやっている。
 今までほとんど関心もなかったところを、今年に入って急に見るようになったきっかけは、現在参加している研究プロジェクトである。私の指導教官であるDr. ブライアン・スミスが、ファンタジーバスケットボールコミュニティにおけるインフォーマルラーニングに関する研究で、結構な額の研究費を獲得してプロジェクトが始まった。
 ファンタジーバスケットボールとは、与えられたポイントの範囲内で、各ポジションの選手を選んで自分のチームを作り、実際の試合結果をもとに各選手の得点を計算して、その合計得点を競うというゲーム。ゲームと言っても、ビデオゲームのようなグラフィックや音のあるゲームではなく、Webデータベース上で、試合結果のデータや選手リストなどの数字と文字情報をだけで行なわれる。
 ファンタジースポーツのプレイグラウンドは、スポーツ放送局のESPNやYahooなどがウェブサイトの呼び水として提供している。バスケだけでなく、野球やアメフトやサッカーやゴルフなどの各スポーツのファンタジーゲームが提供されている。日本でも、Yahooがファンタジーサッカーを、どこかの企業がファンタジープロ野球を提供しているのを見かけた。
ESPNファンタジースポーツ
http://games.espn.go.com/frontpage?&lpos=globalnav&lid=gn_Fantasy_Fantasy
 プロジェクトの研究対象は、このゲームをプレイしている一般プレイヤーたちで、彼らがオンライン掲示板上で交わすコミュニケーションの中に含まれる、数学や統計のスキルの使い方、意思決定の仕方、相互学習のプロセス、といったものを質的に分析して、プレイにおける情報処理や意思決定の支援ツールのモデルを作る、というのがこのプロジェクトの方向性である。
 ここしばらくは、実際にファンタジーゲームをプレイしながら、膨大なオンライン掲示板の質的データをひたすら読み込んで、インタラクションのパターンやアクションの性質を抽出していく作業をやってきた。その過程で、ファンタジーゲームをプレイするだけでなく、NBAの試合を見ていないと文脈がつかめないところが多く、もっと深く理解するために、可能な限りNBAをテレビ観戦するようになった。研究のためにオンラインゲームをプレイして、さらにまた別の研究のためにバスケの試合を見るという、なんともお得なような野暮ったいような微妙な身分だ。
 このプロジェクトは、Dr. スミスの研究者としての創造性と聡明さあってのプロジェクトとして推移している。彼はノースウェスタン大時代のロジャー・シャンクの直弟子で、学習科学のPh.Dを取得した後、MITメディアラボに研究員として身をおいて、その後ペンステートにやってきた。インフォーマルラーニングにおけるテクノロジーデザインを研究関心としており、ユビキタスラーニングに関してはかなりの見識を持っている。毒っ気の強いお笑いトークが得意で、どこに行ってもひたすらバカ話をして油を売っているだけかと思えば、学習科学の分野の知識の引き出しは豊富、着眼点も創造的で、アウトスタンディングな研究者というのは良くも悪くもこういう人なのだなという感じの人である。
 このプロジェクトは、周囲からはかなりイロモノ扱いされている。周りの人間に話をすれば、興味は示しながらも、何でそんな研究でNSFが75万ドルも出すんだという反応をされる。Dr. スミスも周りの教員のあきれる様子を話のネタにしているので、彼自身もそういう風当たりを受けているのだろう。プロジェクトメンバーの我々も、時々こんな調子で何か成果が出るんかな、と不安になることもあったが、Dr. スミスは毎回手ごたえを感じている様子で、最近やっと彼の目に何が見えているのかがおぼろげながら見えてきた。
 私は以前に質的データ分析の授業で学んだフォーマットを踏襲して、手順に沿って作業を進めようとするのだが、Dr, スミスはフォーマットにはこだわらず、彼のセンスのままに必要なところは立ち止まり、不要なところはどんどんはしょって作業を進める。質的研究のフォーマットに沿わなければ、と考えながらやっていたらかみ合わなくてややストレスだったのだが、よく考えたらこのプロジェクトは質的研究のプロジェクトではないことに気づいたのと、最近は、彼の考え方を少しずつ吸収できているのか、ペースが飲み込めてきて、やりやすくなってきた。
 ちなみにこのプロジェクトは、Research Apprenticeshipという名称の演習科目として進められている。文字通り、徒弟制的に教員のもとでプロジェクトに従事しながら、研究者としてのものの見方や思考の仕方を身につけていくことをねらいとしている。徒弟制的な考え方をカリキュラムに組み込もうという実験的な取り組みで、すでに3年目に入り、うちのプログラムの各教員の個性を活かしたプロジェクトが展開されている。そこでは、日本の大学院で繰り広げられているような、閉鎖的で、時に理不尽な徒弟制ではなく、徒弟制の学習面の効果に注目し、フォーマルな学習の場にそうした師弟の関係を持ち込もうという発想が基本にある。日本の大学院に関する議論でも、徒弟制は悪だから一掃、という短絡的な見方ではなく、徒弟制の学習面での効果を考慮した方がよい。徒弟制という関係自体の問題ではなく、講座制の制度問題に起因するところが多いように思われるのだが、報道を目にする限りは、少し焦点を取り違えている気がする。
 Dr.スミスのプロジェクトは、他のプロジェクトに比べても、彼のユニークさが抜群に現れており、単なる教育目的での演習科目では作れない学習環境が形成されている。教員が自分のプロジェクトとして進めていることで、その持ち味が出やすいという点も大きいと思う。天才の天才たる部分は学べないのだが、思考やものの見方の型のようなものであれば、ある程度は吸収できる。その型は、授業のような「教える人と学ぶ人」という関係性の中ではなかなか掴みにくく、教員と学生が同じ方向に向かって一緒にチャレンジする中で、繰り返しその考え方に触れていくことで徐々に吸収できる性質のものである。半期でさくっと学べることというのは限りがあって、こうやって腰を据えて長期間にわたって時間を共にして、ようやく学べることも多いことにも目を向けていくべきだと思う(合宿のような機会は、短期間でそうした効果を出すために有効)。
 プロジェクトのミーティングでは、NBAの選手の話やオンライン掲示板上のおかしな用語の話にかなりの時間が費やされていて、いわゆる学習の場とは違ったユニークなノリで進んでいる。Dr. スミスのプロジェクトに最初に参加したのは2年前になるが、当時はチンプンカンプンだったことが、いろいろとつながってきて、ようやくわかることが増えてきた。プロジェクトがどういう成果を出していくのかということと共に、自分がDr. スミスからどんなことを吸収していけるかを楽しみにしている。

ファンタジースポーツな徒弟制」への2件のフィードバック

  1. 架空の組織と実際の人材の実績値を組み合わせるというのは、忠実度を増すことやデータ調査の経験を積ませるという効果がありそうですね。1試合限りでなく何回も繰り返すというのもすばらしいです。プロのチームも見積り用にその種のソフトを使っていたりして。真面目な話し、そんな気がします。
    企業の組織変更や人事異動のシミュレーションにも応用できそうです。人事管理システムには異動を仮にやって見て俯瞰するという程度の機能は既にあります。本番変更の他に仮変更というモードを追加しただけですが。
    コンピュータ支援教育に、理科年表CD-ROMをベースにする教育や会社業績DB(会社四季報みたいな)を自動車メーカ同士の経営競争シミュレーションに用いた例を聞いたことがあります。資料を活用する経験にもなります。

  2. > 君島浩 さん
    そういう効果はありそうですね。
    実際の会社や社員のパフォーマンスデータを使って
    経営幹部候補に「ファンタジー経営」をやらせたり
    すると面白そうです。

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