インストラクショナルデザイナーに向いてる人

 インストラクショナルデザイン(ID)という名称も少しずつ一般に普及してきて、そのうちIDをご指名で勉強したい分野として志す人も少しずつ増えてくることと期待している。IDの理論を学ぼうとも学ばずとも、インストラクションを設計して、学ぶ仕組みを作る人はインストラクショナルデザイナーである。これは前にも書いた
 では、インストラクショナルデザイナーに向いてる人はどういう人か。間違いなく、勉強が好きではない(嫌いな)人、あるいは楽をして勉強することばかり考えている人に適性の高い職種だ、と私は思う。基本的にインストラクショナルデザイナーとは、何か学ばないといけないことがあったら、それを教える人ではなくて、効率的効果的に学ぶ方法を考えて仕掛けを作る人のことである。効率的とは、習得スピード向上や手間の軽減のことで、効果的とは、同じことを学んで、より深く学べるとか、余計に力がつくということを意味する。なので乱暴に言えば、「手間をかけずに、よりよく学ぶ」ということを追求するのがインストラクショナルデザイナーの仕事の重要な側面である。手間をかけずに学ぶには、手間をかけずに学ぶことを常日頃から考えている人の方が、感度は鋭いはずなので、その点において適性がある。インストラクショナルデザイナーの努力のしどころは、「無駄な努力をせずにすませる方法」を考えることである。これは「努力をしない人」とは違う。無駄な努力をせずに済ませることを考える人は、楽をするためにはある程度の手間が必要だということを知っていて、必要な手間は惜しまない。その点が努力をしない人との違いである。


 勉強嫌い、という性質は、勉強が嫌いな人の気持ちがわかるという点で大いに適性がある。勉強の好き嫌いとは、学習において重要な要素である、モチベーションを左右することであって、勉強嫌いな人の気持ちがわかるということは、勉強へのモチベーションに対する感度が高さにつながる。勉強が好きで、退屈な授業も教材も楽しめる人は、そういうものを楽しめない人の気持ちがわからなかったり、学習者のモチベーションに無頓着だったり、モチベーションが低いことを本人のせいにしたりして、自分がどうにかしようとは考えないか、どうすることもできなかったりする場合が多い。そういう人はインストラクショナルデザイナーにはたぶん向いてない。
 学校や教育機関というところは、基本的に勉強好きな人、勉強のできる人が支配しているところである。勉強好きな人というのは、退屈な勉強でも普通の人より我慢でき、学習へのモチベーションも押しなべて高い。そしてそういう人たちが学校というシステムを作って維持しているので、勉強嫌いな人が退屈と感じる内容であっても、そういうものだと思って維持している。学級が崩壊しようが、居眠りする社員がたくさんいようが、とりあえず教える。学びやすくする工夫や、楽しく学べる工夫というのも当然してはいても、楽しさ、学びやすさのゾーンが違うので、あまり機能しないし、現状肯定なので工夫と言っても微調整程度で、教え方が大きく変わることは無い。
 そういう勉強好きな人が支配する世界に、同類のインストラクショナルデザイナーが入っていっても、たいした変化は起こらない。うんと退屈なところは、ちょっと変えたくらいでは変わらない。どうしようもなく退屈な世界を変えられる人は、その退屈さに耐えられない人である。しかし部活のシゴキがいい例で、自分がしごかれている側にいるときは、こんな仕組み絶対変えてやるとみんな思うのだが、自分がしごく側になると、喜々としてしごく側に回るので、いつまでたってもその構造は変わらない。
 学校も同じで、嫌いで我慢して我慢して、やっと大人になって解放されると、我慢していた頃の気持ちは薄れて、どうでもよくなってしまう。社会人になってからの研修も、学校と変わらず退屈なのに、とりあえず耐えてやり過ごしてしまう。そうやって、学習とは、耐えるものであるというマイナスの条件付けができてしまって、生涯学習というのはいつまでたっても個人のためでなくて、行政や勉強好きな人のための自己満足以上のものにはなっていない。社会人を数年やって、20代後半になってようやく学習の必要性に目覚めて、社会人大学院とか留学を考えるのでは遅すぎる。これは学校の負の学習文化が生み出した社会の大きなロスであり、個人にとっての大きな不幸である。
 インストラクショナルデザイナーは、そうした従来の学校的な体制を維持する側ではなくて、変えていく側である。教材や講座のデザインをするだけでなく、そこに起こる学習、教育自体を新しく変えていくことにその面白さがある。新しい学習方法を考えることは、とても創造的であり、刺激的である。教育に関心がある人だけでなく、学校も勉強も嫌いな人にもキャリアの一つの選択肢として考えてほしいし、心からおすすめしたい。